本文へ移動
2026年10月
日
月
火
水
木
金
土
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23
24
25
26
27
28
29
30
31
2026年11月
日
月
火
水
木
金
土
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23
24
25
26
27
28
29
30
2026年12月
日
月
火
水
木
金
土
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23
24
25
26
27
28
29
30
31
  • 休館日
  • 小中学生無料日
  • 9/15~10/2展示替えのため休館

鹿沼市立川上澄生美術館
栃木県鹿沼市睦町287-14
TEL.0289-62-8272
FAX.0289-62-8227

1
9
1
0
9
0

長谷川勝三郎

コレクター長谷川勝三郎

鹿沼出身の長谷川勝三郎氏(1912〜2001)は、

栃木県立宇都宮中学校(現 宇都宮高等学校)で川上澄生と出会い、

その人柄や版画の魅力に惹きつけられて、生涯にわたり作品を収集しました。
当館は、その2,000点余の作品提供により開館しました。


ここでは長谷川氏の生涯についてご紹介します。

●川上澄生との出会い
長谷川勝三郎氏は、1912年(明治45)2月9日に
鹿沼町大字鹿沼(現 鹿沼市久保町)に生まれました。
1924年(大正13)、宇都宮中学校(現 栃木県立宇都宮高等学校)に入学し、
そこで川上澄生と出会います。
日光へ遠足に出かけたとき、お宮に自宅の庭園「掬翠園」(きくすいえん)の千社札を貼っていると、

引率していた澄生から声をかけられたのがきっかけでした。
その後、澄生の家へ通って、木版画に惹かれるようになります。

●版画誌『刀』

1928年(昭和3)、宇都宮中学校の版画好きの生徒たちが集まり、版画誌『刀』(とう)が創刊されます。

『刀』は、台紙に小さな版画を貼付け、それを1冊にまとめたものです。

長谷川氏は『刀』創刊の中心となり、実際に澄生の手ほどきを受けて版画を制作していました。

●新聞社へ入社し、澄生の支えとなる。
長谷川氏は中学校を卒業後、大学進学を経て、新聞社へ入社します。
中学校を卒業したのちも、澄生を慕い続け、神田の画廊に通うなどして版画作品の収集を始めます。

主なコレクションは、川上澄生でしたが、そのほかにも棟方志功や竹久夢二なども収集していました。
1972年(昭和45)に澄生は亡くなりますが、2人は50年にも及び交流を続けたのでした。

●川上澄生美術館の開館
1992年(平成4)、長谷川氏は貴重なコレクション2,000点余を郷里である鹿沼へ提供することを
決断し、

川上澄生美術館は開館しました。
美術館開館ののちは、名誉館長として恩師川上澄生の魅力を伝えるべく尽力しました。
長谷川氏は2001年(平成13)、89歳で亡くなりました。
  

TOPへ戻る